一回戦 第3試合 越川洋美VS滝沢 楓 

 

越川洋美、入場!

どうだ、越川、気分良いだろ?

控え室一つ、丸ごと占領して(それ、皆さん方。)、ブレードライナーズ、ゾロゾロ連れて(連れられて)入場だものな。

 

...はあ(むしろ迷惑なんだけどなあ...試合前にちょこっと顔、出して、「頑張れよ!」、終わったら御飯、それでいーじゃん。)

 

そういう訳にもいかないだろ。

 

...げ?

 

お前の考えてる事なんか、すぐ分かる。

曲がりなりにも、お前、うちのジュニアチャンプなんだし、こっちのブロック、危ないのが多いって話だろ?

 

ホント、曲がりなり...こいつ、思いっきり曲がってますからねえ。

 

一番、危ないって言うか、恥ずかしいの、こいつじゃないですか?

 

(はいはい、済みませんねえ、でも、確かに、この面子相手に花道襲撃とか仕掛けるバカはいないか、

って、滝沢はやんないな、そゆ事、やってくれると、かえって助かんのに...)

 

scene #1

 

 いよいよ一回戦も後半の第3試合に入った。

すでに越川と滝沢はリングインし、互いのコーナーに立っていた。

「ふん・・」

「・・・」

余裕のある越川とは対照的に、滝沢は面白くなさそうな顔をしている。

カンッ!ゴングが甲高い音を立て、試合開始を告げた。

「はぁっ!」

いつもは相手の攻撃を流してから返し技を仕掛ける滝沢が、珍しく自分から仕掛けに入る。

一気に突進して越川の体を捉えると、フロントスープレックスで投げ捨て、素早くグラウンドに持ち込む。

「貴方の御高説、リング下で聞いてる分には面白いけど、それをリングの上で自分に向かってやられると腹が立つだろうからね。少し黙っててもらおうかな。」

「うむ・・ぐっ・・」

リング中央でしっかりと脚を絡め獲り、フェイスロック気味にホールドをかける。

が、鼻と口をしっかり塞いではいるものの、それほどきつく締めているわけではない。

「大して極まってないんだから、余裕で抜けられるでしょ?」

「む・・ぅっ・・」

ダメージを与える気はなく、ただおちょくりたいだけのようだ。

事実、頭部への緩い締めと違い、両足はガッチリとホールドしてそう容易くは抜けられなくしている。

越川に合わせたのか、一気に攻めずに挑発から入った滝沢。

第3試合は静かな展開から始まった。

 

scene #2

 

 越川というレスラーは、普段の派手な言動、挑発、試合中の反則技に惑わされずに、その試合を観れば、恐ろしく地味で堅実なレスラーだという事が分かる。

 越川は、ひたすらグラウンドとサブミッションに徹する。

 「あの技」を除けば、ノド輪裏投げ以外、目立った立ち技は無い。

 もちろん、急所を打ち、眼を突き、咽を叩くけれど、それは、あくまで相手を撹乱し、その攻撃を止めるためでしかない。

 サイズとパワーに劣る越川は、研究熱心であると共に、実は秘かに練習熱心でもある。

 グラウンドは、練習で、いくらでも上手く、強くなれる。

 仲間内ですらほとんど気付かれていないけれど、越川のレスリングの上手さは所属団体でも一、二を争う。

 ...って、ゆってるそばから、何すっかな、お前!

 あたしね、レスリングは得意だけど、もっと得意なものがあんのよ。

 何?

 プ・ロ・レ・ス

 ゆってろ!

 これが、こいつのプロレスです。

 嗚呼、フェイクの越川、外道のお姫様。

 

scene #3

 

 「くッ…っう…」

 滝沢は股間を押さえて蹲った。

 ダメージ自体、大した事はない。

 が、同僚の前で、『急所攻撃を喰らう』という失態を見せつけられた事が、滝沢の癇に障った。

 (あんたがソノ気なら、わたしも…遠慮しないわ。)

 レフェリーから注意を受けた越川が、余裕の足取りで近付いてくる。

 (…その『ぺこちゃん』顔、思いっきり踏みにじってやるッ!。)

 「ほらぁ、さっさと立ちなさいよ。」

 滝沢の髪を掴んで引き起こし、次の技を仕掛けようとする越川。

 急所攻撃が効いていると確信している、その表情には小憎らしいものがあった。

 ずるずると越川に抱き付く様な形で立ち上らされていく滝沢。

 誰もが、越川の攻勢が続くと思われた、その時、

 ド…ムッ!

 鈍い…なにか柔らかいものに、固いものが喰い込む様な音がリング上に響いた。

 と同時に、リング上の2人の動きが急に止まった。

 攻めている筈の越川が、驚いた様な表情で視線を下の方へ移していく。

 そこには…

 油断していた越川の無防備なお腹に、深々とめり込んでいる滝沢の正拳があった。

 「く…はっ…」

 ボディに受けた衝撃によろけ、越川から吐息の様な苦鳴が漏れた。

 「わたしを…なめるなぁっ!」

 そう叫ぶと、滝沢は思いきり地を蹴った…。

scene #4

打撃が有効とみると滝沢は次々とコンビネーションを打ちこんでいく。

越川はなんとか防御しているがラッシュの激しさにコーナーへ追いこまれる。

「さっきはよくも・・・!」

逃げ場を無くした越川に容赦なく蹴りこんでゆく滝沢。

急所攻撃がよほど頭にきた様だ。

さすがの越川もグロッキー状態、コーナーにもたれかかった。

トドメにと雪崩攻撃を狙い、越川をコーナートップに乗せると両手をあげアピールする滝沢。

「ヨッシャー!いくぞー!!」

「・・・ふふん、アマ〜い」

アピールしている両腕を掴むと交差するようにロックした。

「がぁぁ・・・ぐうぅ・・」

「世の中そんなにうまくいかないのよね〜、わかるお嬢ちゃん?」

上半身を反らせ更に絞り込んでいく越川。

滝沢は外そうともがくが、今まで攻めこまれたのがウソのようにガッチリとロックされている。

反則と判断したレフェリーが慌てて反則カウントを取りにゆく。

カウント4までねばったが仕方なく滝沢を解放する。

スタミナをかなり消耗したようで立ちあがる事ができない。

コーナー上でその姿を見下ろしながら、越川は不敵な笑みを浮かべていた。

 

scene #5

 

 「ふふん・・」

 背を向けたままうずくまり、荒く息をはく滝沢の姿に越川は満足そうに笑みを浮かべる。

 「もう少しお嬢ちゃんに色々教えてあげようかな」

 余裕たっぷりにコーナーを降りようとしたその時、滝沢が突然立ち上がり、後ろ手に越川の頭を捕らえ、サードロープを蹴って宙に舞った。

 酷く強引なエースクラッシャーだ。

 「なっ!?」

 コーナーから引き摺り下ろされる形でマットに落ちる越川。

 「もう少し侮ってくれるか、大人しく技を受けててくれれば良かったんだけどね!」

 そして、強引なのは百も承知していた滝沢の膝蹴りが越川をコーナーに串刺しにする。

 「うぐっ・・うっ・・」

 「じっくりやってるとどうもアンタのペースになっちゃいそうだし、ここは一気に行かせてもらうよ!」

 動きの止まった越川の髪を掴んでリング中央に投げ転がし、チョーク気味のスイングスリーパーで振り回す。

 「く・・かはっ・・」

 「・・そろそろかな」

 20回転程振り回し、回転の遠心力で越川の体を肩に乗せ、フィニッシュに多用している変形バーニング・ハンマー「レスト・イン・ピース」で脳天から叩きつけ、すかさずマヒストラルを仕掛けてフォールを狙う。

はたして、3カウント奪取なるか?

scene #6

 

それは「撥ね返す」というような感じでは決してなかった。

滝沢のラ・マヒストラルを、越川は、その回転のまま、グニャリと、まるで崩れ続けるかのように、しかし、確実に抜けていた。

そして、立ち上がる。

おぼつかなげに、フラフラと、ただし、攻めていたはずの滝沢よりも先に。

 

滝沢の眼に、ガラ空きの越川の脇が飛び込む。

ほとんど反射的に、滝沢は越川の左腰に取り付いた...取り付こうとした。

その瞬間、空いていた越川の脇が閉まった。

そして、越川の左肘が滝沢の顔面中心に正確に飛ぶ。

痛みではない。

ただ、その衝撃に、身体の機能が停止する、一瞬凍り付く。

 

動きの止まった滝沢の身体の側面に沿って、越川が回る。

滑らかに、滝沢の左腕を巻き込み、左脚を挟み込みながら。

スライディング・レッグ・シザーズ。

そして、越川の左腕が滝沢のアゴに絡み付いた。

まるで、背中合わせのSTFのような技。

それを、越川は誇らし気に「ヒロミ・ストレッチ」と呼ぶ。

 

聞く者の耳にまで苦痛を与えるような呻きが聞こえる。

 

8分38秒

○越川洋美(ヒロミ・ストレッチ)滝沢 楓 ●


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