準決勝 第2試合 越川洋美VS白川美紗 

 

血み泥ちゃん、いらっしゃい!

 

大 竹 うう〜っ、越川・さあ〜ん、恥ずかしいですぅ!

サカキ 洋美ィ、いっくら小百合(大竹)でも、チェーンソウ持たせんのは可哀想だと思うよ、やっぱり...

越 川 アイちゃん(サカキ)、平気だって。久世さんが「この試合に限って、越川の言う事は俺の言う事だと思え。」って言ってくれてんだよ、もー何でもオッケ。はいはい、大竹も、ブーたれてないで、あたしと血み泥ちゃん、どっちか片一方でもロープの外に出たら、必ずチェーンソウのエンジン掛ける。んで、あたしが「よこせ!」っつったらサクサク渡す。分かったあ?

大 竹 渡すって...聞いてないですよお、そんなの!

サカキ 洋美、あんた、まさかホントに使うの?

長谷川 脅かすだけじゃないんですか?

越 川 脅しに決まってんじゃない...って言っちゃったら、脅しにもなんないのよ。へへ、どーしよっかなあ、ホントんとこ。とにかく大竹は、場外、即エンジン!これ、絶対だからね!

谷 川 あの、越川・さん、それ、うがい水じゃないです、言われたとおり、中に砂つめた奴で...

 

リング上、すでに白川の入場を待ち構える越川、いよいよ、準決勝第2試合です。

捌くレフェリーは池田香織、ちゃん...え?

だ、だいじょぶだよねえ?

 

流血姫、入場

 

 静かな旋律が流れる。

 ―ゆったりと

 ―流れるように

 むせ返る様な会場の熱気とは裏腹に、リングへと続く花道は、その者が持つ独特の雰囲気に満たされていた。

 (越川洋美…ね…)

 リング上で待つ対戦相手とその一団に興味の無い視線を送りながら、自らのテーマソングに乗って、ゆっくりと歩を進める。

 (それに…久藤まどか……と…安藤みどり…か…)

 先の準決勝第1試合の内容を思い出しながら、独り、考えを巡らせる。

 (……)

 すました表情からは、その思惑をうかがい知る事は難しい。

 しかし、

 くすくすッ…

 不意に、その口元に笑みが浮かんだ。

 (…そうね、そうしたら……面白くなるわ…)

 血塗れの白百合、リング・イン!

scene #1

 

 予想通り、準決勝第2試合は、開始早々大荒れの様相を呈した。

 『血塗れの白百合』―白川美紗は2名のセコンドをリングに上げる事無く、独りリングに立った。

 ―但し、鉄パイプの椅子を手にしたまま。

 「ちょっと、なんであんなモン持ってるのよッ!」

 「取り上げろよッ。オイ!」

 派手な自分たちの得物の事は棚に上げて、越川のセコンドたちは、激しくこれに抗議した。

 「な、ちょ…ちょっと、待って下さい。」

 詰め寄る外道姫のセコンド陣と、白川との間に、レフェリーの池田が慌てて割って入る。

 しかし、その瞬間―

 ガシャッ…ンッッ!

 鈍い音と共に、セコンドの大竹たちから悲鳴が上がった。

 「こ、越川さんッ。」

 「大丈夫?、…洋美ッ!。」

 駆け寄るセコンドたちの中心に、顔面をおさえ蹲る越川がいた。

 ―その額からは一筋の朱糸が、つうッ…と滴り落ちていく。

 くすくすッ…

 既に白川の形の良い唇からは、あの笑みがこぼれていた。

 レフェリーの注意が自分から逸れた瞬間―しかも相手のセコンドが壁となり、自分が見えなくなる、そのタイミングで―白川は、持っていた鉄パイプの椅子を放り投げたのだ。

 「退きなさい…」

 静かな声でそう囁くと、介抱しようと越川に群がる大竹やサカキをリング下に叩き落とす。

 更に、再び椅子を手にすると、蹲っている外道姫にむかって振り下ろした。

 ガッッ!…バシッ!…ガスッ!…

 「つッ…ぅぁッ…あぁ…」

 「うふふッ…レフェリー、どうしたの、ゴングは?」

 静かな凶気を振り撒いて、白百合は試合の『開始』を催促する。

 「な…、だ、駄目ですッ。まだ、ボディチェックも…」

 「必要ないわ…どうせ誰も、マトモな試合なんて…期待してないでしょう?」

 「駄目です!、ちゃんと…」

 「…別に反則負けでも構わないのよ…次は、安藤が相手になるだけだから…」

 「!!」

 息を呑む池田をよそに、手にしていた椅子を場外へ放り投げると、外道姫の顔面を踏みにじる。

 そして、笑みを浮かべながら、こう言い放った。

 「さっさと起きなさい…見た目ほど、ダメージ大きくないでしょう…チャ・ン・プ…」

scene #2

 

 

(ふんっ・・・だったら存分に愉しませてあげましょ)

越川の目が鈍く光る。

相手が密着しているならそれは自分の間合い。

両腕を取り、脚で胴を挟み込むやいなや簡単に上下が入れ替わり、

瞬く間に四肢を固めて主導権を握る。

「さ〜て、存分に愉しませてもらいましょうか?」

「・・・っ」

挑発の言葉と目線を組み敷いた白川に送り、

越川は軽く口元を歪める。

「あ〜、それとレフェリー。しっかりチェックしてよね〜。

反則はしっかりとってくれないと」

そしてこの期に及んで自分等の事を棚に上げて池田に抗議をする。

先手を取られたとはいえ、外道姫のリズムはいささかの狂いも無かった。

「・・・この程度じゃ私を愉しませるのは無理ね・・・」

そしてそれは白川も同じ。

「言ってくれるね〜。ま、そうでないとね」

「ふっ・・・」

 

「・・・っ」

挑発の目線がぶつかり合う空気に、池田は小さく息を呑んだ。

 

scene #3

 

 越川は白川をサブミッションで攻め立てていった、このクラスのレスラーに越川相手のサブミッションで勝てる者などいない、誰にも負けない。

 しかし、この試合の越川のサブミッションはいつものものとは違っていた、「殺気」、始めから決めを狙っている。

 決めれば即座に折る、腕一本、足首一つ、きちんと取れれば、その場で試合は終わる、長くて5秒、恐らく3秒ギヴアップを躊躇えば、骨が折れ、靱帯が切れる。

 関節秒殺。

 プロレスではない、まるで「総合」だった。

 プロレスなんてやったげない、壊すだけ、そーゆーの好きだろ、愉しい?

 きっと越川はギヴアップなど受け付けない、折れるまで放さない、それを白川も感じ取った、何度となくロープに逃れる。

 やがて白川の額から血が流れ出してきた、一回戦、橋本との試合の傷だった、擦れてまた開いた。

 流血フェチ、ほらほら血み泥マッチかもよ、でも、やんない、あんたのお愉しみなんかに付き合ったげない。

 身体を張ったものとは言え、流血なんて結局はショーだ、ショーなんてやらない。

 何度目かのロープブレイクの立ち上り際、いきなり越川が白川の咽に思いっきりチョップを入れた、さすがに白川の動きが止まる。

 「アイちゃん(サカキ)、椅子!」

 サカキが越川に渡した椅子はリングインの時、座っていたパイプ椅子だった、しかし椅子攻撃?効率一点張りの地味な関節技から突然の椅子?

 普通の椅子攻撃ではなかった、越川はパイプ椅子を水平にフルスイングして白川の顔面に叩き込んだ。

 パイプ椅子顔面水平撃ち。

 「ひ、酷い...」

 観客席の三津橋が呆然となった。

 確かに酷い、最低だ、プロレスだから椅子攻撃というものはある、パイプ椅子を水平に使う事もあるだろう、しかし顔面は撃たない、腹を突く、肉の無い場所、皮膚の下がすぐ骨になっている場所にパイプ椅子を水平に使ってはならない、骨折する、それはプロレスの決り事だ。

 ルールではなく決り事、プロレスはルールではなく決り事で出来ている、守らなければ、死人、怪我人の山が出来る。

 反則技の決り事、凶器攻撃、鉄柱攻撃の決り事、そういうものを知らないのか、それとも知っていて無視しているのか、そんな白川相手にこちらだけ決り事を守らなければならない義理はない、「何でも有り」が自分一人だけだと思うのは間違いだ、パイプ椅子顔面水平撃ちは、つまり、そういう事だった。

 プロレスどーでもな奴にプロレスなんて恵んでやんないわよ、ブタに真珠、白川にプロレス、なーんてね。

 久世が呟いた。

 「それにしても、口で受けたかよ、まあ、あそこなら歯で済むわな、上なら頬骨、下ならアゴが折れる、あのガキ割りと受けが上手いのか偶然か、もしも越川がわざと狙ってやったんなら、あいつも意外に優しくて良い奴だったわけだ。」 

 高原が聞いていた。

 「なあにが優しくて良い奴よ、あれ、左半分、上下全部、歯、イッっちゃってるわよ。」

 「真帆(高原)、お前、自前の歯、何本残ってるよ?遅かれ早かれだって、ヒールでござい、なら尚更だぜ、今度は膝関節でもヘシ折ってやりゃいい、入院、リハビリ合わせて、運が良ければリング復帰は1年後だな。」

 「あたし...久世さんとかに比べれば...」

 うつむいた三津橋が何か言っている。

 「どうした?ハッキリ言え。」

 久世に面と向かっては言えなかった、促されてようやく先を続けた。

 「あたしは、まだ駆出しですけど、この試合、おかしいです、間違ってると思います、こんなの、あたしは嫌です。」

 久世の表情が曇った。

 「当たり前だ、こんなものはなあ、プロレスの試合なんかじゃない、プロレスラーなら誰だって嫌だ。」

 みんな同じだ、冗談まじりでもなければ耐えられない。

 試合は、目の前でまだ続いている。

scene #4

 

 メジャーリーガーのフルスイングのようなイス攻撃でも、白川は倒れなかった。

 撃ちこまれるたび、脳が揺さぶられるような痛み。

 手足の感覚もない。

 リング上でイスを振り下ろされ続ける血まみれな姿に、観客もレフェリーもただ息を呑むしかできなかった。

 さすがに飽きたのか、イスを放り投げる。

 その攻撃が止まる瞬間を白川は見逃さなかった。

 油断していたのかもしれない。

 あれだけ攻撃を受けたのにもかかわらず、素早く越川の背後につくと投げっぱなしで放り投げた。

scene #5

 

 暗い通路を、白い影がリングに向かって進んでいく。

 魔女が来る。

 

 強烈な投げっ放しジャーマン、しかし、白川はこれを機に、一気に勝負を決めには来なかった。

 首締め、ガウジング、クロー、ヘアホイップ、傷口狙いのパンチ、キック...嬲る!白川のパターンだった。

 しかし、それはまた越川のパターンでもあった。

 地獄突きを返し、急所を打つ。

 苦痛は多いがダメージは少ない、そんな応酬だった。

 すると、これは長い試合になるのか?我慢くらべなのか?焦れて決めに走った方が負けるのか?

 そうではなかった。

 越川が、滅茶苦茶な形で白川に組み付いた。

 無様にしがみついた、と言った方がいい。

 もつれあってニュートラルコーナーから場外へと落ちていった。

 

 大竹が越川に言われた通り、チェーンソウのエンジンをかけた。

 (今度はこれなの?)

 レフェリーの池田は、始まってそれほど長く経ってもいないこの試合にウンザリしていた。

 初めからレフェリーに従うつもりの無い二人の周りをウロウロしながら、無駄でしかない反則カウントを数えるだけ。

 自分は、まだレスラーとしてリングに上げてもらえてもいない、こんな試合を捌くのは無理だ。

 それでも、こんなバカはやめさせないといけない。

 「エンジン、止めて下さい!」

 越川と白川の落ちたニュートラルコーナー下に背を向けて、自コーナーに陣取る越川のセコンドに声をかける。

 (それにしても、ここ、セコンド多いなあ、ウチなんか一人だけだ...)

 

 その時だった、ニュートラルコーナー下に宝樹由美が飛び込んできた。

 腕にチェーンが巻き付けられていた。

 その腕で、コーナーポストに押さえ付けられていた白川の後頭部へラリアートを放つ。

 はさまれた白川の顔面はコーナーポストに激突する...鉄と血のサンドイッチ。

 チェーンの鳴る音が響いた。

 それに混じって、何かが潰れる音が聞こえたような気もする。

 

 この瞬間をレフェリーに見せないためだけに越川はチェーンソウを用意した。

 (チェーンソウ回されて止めに行かないレフェリーいないから...反則負けでも構わない?あたしは構うんだよねー、いっくら何でも乱入ラリアート見られたら、即、反則負けじゃん、チェーン付きサンドイッチだし...負けてオッケなんて思わないから、あたし。)

 

 宝樹がセコンド達に怒鳴った。

 「ボサッとするな!壁作れ、レスラーには触るな、相手は向こうのセコンドだけ、それから、真亜弥(谷川)、瓶忘れるな。」

 宝樹はこの会社の所属レスラーではない。

 しかし、ほぼ毎シリーズ参加の常連トップレスラーだったし、久世、高原、巻島の同期レスラーでもあった。

 海外遠征や他団体交流戦の多い人、そう思い込んでいる者までいる。

 久世や高原に従うようにセコンド達は宝樹に従った。

 

 谷川が越川に渡したビール瓶にはタオルが巻かれ、そして砂が詰められている。

 越川は、白川の頭を床に据えると、その瓶で殴り始めた。

 殴り続けた。

 

 セコンドたちが作った壁は当然外を向いている。

 良かった、とサカキは思った、見なくて済む。

 (洋美、いー加減やめなよ、いくら、しらはさんとかに言われたからって、そこまでやる事ないって...そんな事してると、自分の方がおかしくなっちゃうよ。)

 

 その通りだった。

 

 瓶にはタオルが巻かれている、殴られたところは傷にならない、血は出ない。

 しかし、鼻血が吹き出した、やがて耳の穴からも...

 続ければ死ぬ。

 

 「今すぐやめろ!」

 やめなさい、でも、もちろん、やめて下さい、でもなかった、やめろ!と叫ぶ声がした。

 悲鳴のような声だった、もしかしたら、本当に泣いていたのかもしれない。

 レフェリーの池田だった。

 「カ、カウントなんか取りません、今すぐやめなければ、反則を取ります、レフェリーの権限で試合を止めます。」

 ただ、必死だった。

 

 越川の手から瓶が、落ちた。

 越川が、驚くほど穏やかな表情で池田を見上げた。

 ...多分、と言おう、何かが見えているような目ではない、ひどくぼんやりとした目だった。

 

 

 はずみでした事ではない、初めからそのつもりだった。

 自分が何をしているかも分かっているつもりだった。

 それでも耐えられなかった、負けて飲み込まれた。

 越川は、吸ってはならない血の障気を吸ってしまった。

 自分の作り出した血の臭いに自分自身が蝕まれ、酔っていた。

 白川の身体を引きずり上げながら、越川は、リングの上に戻った。

 

 今度は観客席の高原が大声を上げる。

 「越川、もういい、一人で上がれ、それでお前の勝ちだ、余計な事するな!」

 尾鷲が険しい表情で高原に言った。

 「もう遅いです、越川、イッっちゃってます、何も聞こえませんよ、”半月”で落とすだけです、どうするんです!相手、受け身なんか取れないですよ...今さら、そんな事を言うくらいなら、どうして”半月”許したんですか?」

 「やかましい!バカユミ(宝樹)が乱入してくるって知ってたら、あんなもの、やってもいいなんて言わなかったわよ、大体、何よ”半月”って?そんな技、無いんだからね、あんなもの技じゃない、ただ相手に大怪我させるために受け身取れないような落とし方するだけじゃないの!」

 押忍、失礼しました!とは、尾鷲は言わなかった。

 ただ、リングに視線を戻しただけだった。

scene #6

 

 

それは危険な相手に対する本能だったのかもしれない。

相手の髪を掴み、リングに引き摺りあげようとしていた外道姫が――

『血』に呑み込まれ、理性を失ってしまった筈の外道姫・越川が、白川に腕を掴まれそうになった途端、手を離したのだ。

更に、間合いを取り――そして、低く身構える。

唸り声こそ上げないものの、その姿はまるで何かを警戒する獣の様であった。

その目の前で、文字通り『血塗れの』白百合は立ち上がる。

――ゆらりと

――仮面の笑みを浮かべながら

「どうしたの?…止めを刺すんじゃ…なかった…の?…」

そう囁きながら、滑る様にすっ…と歩を進めてくる。

(駄目だ…あたしの方から仕掛けちゃ…)

身体を支配する本能に、越川の理性が抗う様に叫ぶ。――しかし、

びくッッ

その誘いに本能が応じた。

低い位置からタックルを仕掛ける。

骨の髄まで叩き込んだレスリングの――最も基本で、且つ、最も得意とする攻めの形を、越川の本能は選んでいた。

相手の足に組みつく。そして、その勢いのまま――

「…ッ…フッ!。」

しかし、短く息を吐くと、技を仕掛けにいった筈の越川が慌てて飛び退いた。

“この技は決まらない”――瞬時にそう判断した本能が、素早く距離を保とうとしたのだ。

だが、白川はそれを許さなかった。

「…それで…逃げているつもり?」

そう囁くと一気に間合いを詰め、相手に向けて開いた右手を思いきり振るった。

「ぎゃうンッッ!…」

越川の口から狗の様な悲鳴が上がる。

流血姫・白川の鉤爪は、狙い澄ました猛禽類の爪の様に、見事に相手の目を抉っていた。

「うッ…あぁッ…ぁッ…」

顔を押さえながら身悶えする外道姫――その越川の顔面目掛け、更に膝を落とす。

ゴッッ!…

こもった鈍い音と共に、外道姫の上半身がびくんっと、しなる。

立ち上がっては片足を軽く上げ、そのままスッと落とす――まるで座布団にでも座るかの様に無造作に相手を蹂躙する――白百合の姿に、試合会場は一瞬静まりかえった。

「ダウンッ!。離れて下さいッ…離れてッ!。」

しかしその静寂を、いち早く我に返ったレフェリー池田の叫びが打ち破った。

身を呈して割って入り、白川の腰にしがみつき、必死に引き離そうとする。

「いい加減にして下さい!。越川さんも、あなたも…異常ですッ!。」

涙を流しながら、そう叫んだ。

未だプロデビューを果たしていない池田にとって、例えレフェリーであったとしても、レスラーと同じリングに上れる事は喜びであった。それが新人同士が競い合うシンデレラ・トーナメントの舞台ならば尚の事であっただろう。

しかし、この試合はどうだ?。試合とは名ばかりの潰し合いではないか。

わたしの憧れの舞台はこんなモノなんかじゃない――その想いを込めて池田は叫んでいた。

「…そう?…じゃあ、離してあげる…」

その姿を見て何を思ったのか、なぜか流血姫はくすッと微笑むと、すっ…と身を引いた。そしてそのまま、自分のコーナーの方へと引き上げていく。

「越川さんッ、大丈夫ですか?。やれます?、やれますかッ?」

あまりにあっさりと離れていった白川に違和感を持ったものの、池田は大の字になっている越川に慌てて声を掛けた。

「…ッ、…ッたり…前よ…」

捻りながら上体を起しかける越川の顔面は、既に新たな血で真っ赤に染まっていた。

立ち上がりかけてよろめき、ロープに縋る。足にまるで力が入らなかった。

(たった数発のニードロップで…)

明らかに序盤の攻めとは、残るダメージが違っていた。

(こいつ…単なる反則オンリーのキチ○イなんかじゃ…ない。)

KOカウントが進む中、冷静さを取り戻した越川は、白川に対する認識を改めていた。

序盤、極めにいった自分の関節技を悉く逃げられたのも――

また、殆ど見せないマトモな技のダメージがこれ程までに大きいのも――

(悪役を隠れ蓑にしてるけど…こいつ…本当は…)

間違い無く、そう思った。白川は『実力』を…いや、『本当の自分』を隠している…と。

――しかし、

(…でも、あたしを元に戻した事が…あンたの失敗なんだよ、白大福ちゃん。)

よろよろと立ち上がる姿とは裏腹に、心の中で越川はそう呟いていた。

「ファイッ!。」

『闘え』の掛け声が上がる。

正直、もうこんな試合は終わりにしたかった。…だが、越川がカウント9で立ち上がるのを確認すると、池田はレフェリーとして、続行の声を上げざるを得なかった。

「かはッ…」

反動をつけてコーナーに叩きつけられた越川が、ずるずると崩れ落ちる。

その喉を踵で踏み潰し、動きを封じると、白川はするするっと、コーナーのクッションを留めるロープを解いていった。程なくロープ同士を繋ぐ金具が剥き出しになる。

「うふふッ…」

形の良い唇から満足げな笑いが洩れた。そして相手の左腕を捻り上げ、髪を掴んで引き摺り起こすと、白川は黒光りする金具目掛けて振りかぶった。

「まずいッ…洋美ッ!」

サカキら、越川のセコンド陣から悲鳴が上がる。

前の試合での凶行を思い起こさせる白川のその振舞いに、誰もが息を呑んだ。

バ…ンッッ!

しかし響き渡った音は、第1試合のそれとは明らかに異なっていた。叩きつけられた筈の顔面は、右腕でしっかりとガードされ――

「ハ…ン、あンたなら…そうくると思ってたわよ。」

いつもの調子で越川がうそぶいた。しかし、そのふてぶてしさをも、白百合は嗤った。

「…でしょうね。…ワザとそうしてあげたんだから。」

「なッ…」

驚く外道姫に、続く言葉を最後まで言わせなかった。

捻り上げていた左腕を極めたままロープを駆け昇ると、流血姫はその腕を引き摺る様にして、場外へと飛び降りた。

ぐきッ…ンッ!

嫌な音と同時に、悲鳴が上がる。

越川が――あの、いつもふてぶてしく、誰に対しても余裕をかましていた越川が、左腕を抱え…更に涙まで流して、リング上でのたうちまわっていた。

(なんて事をッ!)

池田は瞬間、立ち竦んだ。

越川が使った砂入りペットボトルも悪質だったが、白川の行動もそれに劣らなかった。

剥き出しにされてしまったロープ同士を繋ぐ金具。

そこに、白川は飛び降りた際の自分の体重も乗せて、越川の左腕を叩きつけたのだ。

金具を支点にして、越川の肘は曲がる筈のない方向に無理矢理捻じ曲げられ、肩は白川の体重に引っ張られた。その痛みは、一体どれ程のものであっただろうか?。

(…下手をしたら、折れてるッ!。)

急いで状態を確認しようと身を屈めた。――しかし、

「安心なさい…せいぜい肩と肘が…脱臼しているだけよ。」

そう耳元で囁かれた。――と思った瞬間、池田は押し退けられていた。

制止する間も無い。

「ぎゃあぁッ…!」

脱臼した左腕を掴まれ、引っ張られ、叩きつけられる――その痛みに耐えかねて外道姫が悲鳴を上げていた。

「止めなさいッ。手当てを…手当てが先ですッ!。」

すぐさま後ろから組み付くと、池田はそう叫んでいた。だが、

「…必要ないわよ。」

そう答えた白百合は、笑みを浮かべながら彼女の縛めを易々と振りほどいた。

「何言ってるんです。脱臼させたって言ってたじゃないですかッ!。」

池田は、回り込んで、越川を庇うかの如く両腕を広げた。

「くすくすッ…今ので…もう入れちゃったわ…」

「えッ?…」

白百合のその言葉に、慌てて越川の腕を確認する。

確かに、肩も、肘も入っていた。…だが、池田は顔をしかめた。

(入れ方がヒドすぎる…これじゃあ…)

それを察した白川が、さらりと言った。

「そうね、1ヵ月位は…マトモに力が入らない程度には…イジらせてもらったけど…」

更に越川の方を振り返ると、こう言い放った。

「…残念だわ、お茄子ちゃん…今のあなたより…キレてた時の方が…良かったみたいよ…」

「…どういう…意味よッ。」

痛みに顔面を蒼白にしながらも、外道姫が問いを発した。

「…わたしの本当の狙いが…あなたの腕だ、って事…気付いたみたいだったから…ね。」

「!」

「だから…あなたに戻してあげたの…橋本の時のことを連想させれば…」

そこで、笑いの表情が――邪悪なものに一変した。

「必ず…引っ掛かると思ったから。」

そして、その表情のまま静かに言った。

「まだ試合は終わっていないんでしょう?…さあ、続けましょう…グズグズな弑合を…ね。」

(…これで、すべての準備が整った。うふふッ…最高の舞台にしてあげるわよ、このトーナメントを…)

to be contnue


CINDRELLA TOURNAMENT に戻る