Hello Jenny
"02.06.10
1917年、アメリカ合衆国は、たった55機の、
それもほとんど使用に耐えられないような旧式機をもって、
第一次世界大戦に参戦した。
結局、ライト兄弟を生んだアメリカは、大戦の全期間を通じて、
フランスを初めとする外国から購入した機体で、
その航空兵力のほとんどを維持しなければならない事になる。
そんな中で、
ほぼ唯一のメイド・インUSAと言ってよい機体が、このカーチスJNシリーズ、
カーチス・ジェニーだった。
それは練習機だったけれど、
各型合わせて、総生産数、実に7.370機という量産機となった。
ただ、
それは、ジェニーが当時の最高水準をゆく傑作機だったからではない。
性能的に言うなら、ジェニーは、つまり凡作機だった。
戦争は、多数のパイロットを要求し、
その養成のために、また多数の練習機を要求した。
その性能ではなく、その数が求められていたのだ。
しかし、
それが、ジェニーの幸運だったのかもしれない。
第一次世界大戦の終了とともに、
アメリカ航空界に、「バーンストーミング(地方巡業)の時代」が訪れる。
戦争が終わり、大量の余剰物資となった凡作ジェニーが捨て値で払い下げられ、
それを、戦争でパイロットになった男達が買い求めた。
すでに、飛ぶことに魅せられていた彼等は街には戻らず、
ジェニーとともに、アメリカの田舎町を、旅芸人のように渡り歩いた。
晴れ渡る六月の朝、ジェニーは、やって来る。
ジェニーは、軍の最新兵器でも特別な人たちの玩具でもなかった。
ジェニーは、
皆が、生まれて初めてまじかに見る、
生まれて初めて自分の手で触り、
生まれて初めて乗った、
愛らしいショーを見せてくれる、飛行機という乗り物だった。
飛行機という乗り物は、ジェニーによって、普通の人々のものになっていった。
ハロー・ジェニー!
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GALLERY #5
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